Research

Opto-metaboic engineering

微生物を利用した有用物質の生産においては,原料から目的物質への変換効率を上げること重要な課題です.これまで代謝工学では,不要な経路の遮断と生合成経路の強化を目的として遺伝子破壊や過剰発現による静的な改変が行われてきましたが,目的物質の生産性をさらに増加させるには代謝の流れ (フラックス) を理想状態に調節することが求められています.すなわち代謝経路には複数の分岐点があるため,それぞれの分岐点における代謝の流れの割合を最適化する必要があります.従来、培養液に薬剤を加えることで遺伝子発現を誘導して分岐比を調節していましたが,一度加えた薬剤を培養液から除くことはできないため,スイッチのオン‐オフを繰り返して動的に制御することはできませんでした.時々刻々と変化する培養層内の環境に合わせて代謝状態を調節するには,培養槽内の代謝状態を監視しながら代謝フラックスを理想軌道に沿うように動的に制御することが必要であると考えています.
我々は,光合成生物などが有する光照射による遺伝子発現制御の仕組みに着目し,この分子装置をもともとは光による制御を持たない工業微生物の大腸菌に導入することで,外から自由にオン-オフが可能な光を利用した新しい培養プロセスの開発を目指しています.


光を入力シグナルに使って代謝の流れを調節するための技術の開発

論文:Optogenetic switch for controlling the central metabolic flux of Escherichia coli

 Sebastian Tommi Tandar, Sachie Senoo, Yoshihiro Toya, Hiroshi Shimizu

Metabolic Engineering, 55: 68-75 (2019)

大腸菌に取り込まれた糖 (グルコース) は,解糖系やペントースリン酸を経由して代謝されます.解糖系ではグルコースは2分子のピルビン酸に変換されますが,ペントースリン酸経路では炭素を1つCO2として失ってしまいます.一方,ペントースリン酸経路では還元力のNADPHが再生されますが,解糖系ではNADPHは再生されません.そのため,生合成にNADPHを必要とする目的物質の生産においては,解糖系とペントースリン酸経路のフラックス比を適切に調節する必要があります.
本研究では,シアノバクテリア由来のタンパク質CcaS/CcaRを利用することで,大腸菌の中枢代謝の重要な分岐点の酵素の発現量を光によって調節するスイッチを開発し,解糖系とペントースリン酸経路のフラックス比を緑色光と赤色光の照射により変えることに成功しました.CcaS/CcaRは二成分制御系であり,CcaSはセンサとヒスチジンキナーゼ,CcaRが転写因子の機能を有します.緑色光を当てるとCcaSがリン酸化し,CcaRを活性化します.活性化したCcaRはcpcG2遺伝子のプロモーター領域に結合し,下流の遺伝子発現を促進します.赤色光を当てると逆の反応が起こり,cpcG2プロモーター下流の遺伝子発現は抑制されます.我々は,解糖系とペントースリン酸経路の分岐点であるグルコース6リン酸イソメラーゼの遺伝子発現量のCcaS/CcaRによって制御しました.構築した細胞は、緑色光下では主に解糖系を,赤色光下では主にペントースリン酸経路を利用して糖を分解していることを実験で確認しました.

CcaS/CcaRを利用した光照射による大腸菌の代謝経路のフラックス比の制御


蛍光タンパク質を指標として培養プロセスを制御する技術の開発

論文:Reactor control system in bacterial co-culture based on fluorescent proteins using an Arduino-based home-made device

Minori Kusuda, Hiroshi Shimizu, Yoshihiro Toya

Biotechnology Journal, 16(12): 2100169 (2021)

光による動的なバイオプロセスの制御を実現するには,培養槽内の細胞の状態を監視しながら,その情報に基づいて培養条件を変更するシステムが必要になります.近年,細胞内の代謝状態をセンシングする蛍光タンパク質センサが様々開発されており,これを利用することで,培養中の細胞の代謝状態がモニタリングできるようになると考えています.

本研究ではそれに先立って,蛍光タンパク質を発現した大腸菌のアミノ酸要求株を培養し,培養液の蛍光強度を指標として細胞濃度をモニタリングし,供給するアミノ酸量を調節することで,細胞濃度を目標値に制御する自作装置を開発しました.この装置では,リアクタ中の培養液を一定量フローセルに引き抜き,フローセルの1面から励起波長のLEDを照射,蛍光を光センサで検出しています.得られた蛍光強度から細胞濃度を推定し,細胞濃度を目的値に近づけるために必要な供給するアミノ酸の濃度を計算しポンプを駆動します.市販のマイクロコンピュータであるArduinoとLED,光センサ,ペリスタポンプを利用し,安価に組み立てました.
 実際に,蛍光タンパク質のGFPやRFPを発現させた異なるアミノ酸要求性を付与した2種類の大腸菌株を用いて,共培養において菌体濃度比を制御することに成功しました.

蛍光タンパク質を利用した培養プロセスの制御