Research

13C-Metabolic flux analysis

細胞は糖などの栄養源を取り込んで分解することでエネルギーや低分子化合物を生み出し,それらを利用して自身を再構成して増殖します.この一連の物質変換の過程を代謝と呼び,代謝は連続する多数の酵素反応からなるネットワーク (代謝経路) をなしています.微生物を利用した物質生産においては,この代謝の仕組みを利用して,安価な原料を様々な有用化合物に変換することを行っています.多くの場合,元々の細胞は生産性が低く改変が必要です.その際に,細胞に取り込まれた原料がどのように代謝されているかという情報 (代謝の流れ,すなわちフラックス) は,合理的な改変を行う上で重要なヒントとなります.

細胞内の代謝の流れを直接観察することはできません.そこで,安定同位体 (13C) 標識を利用して,間接的に推定する技術である13C代謝フラックス解析が開発されてきました.13C代謝フラックス解析では標識基質を細胞に取り込ませて,その標識の代謝物質への蓄積量を質量分析計によって測定し,実測データを説明するように代謝経路のフラックス分布を推定します.具体的な流れを図に示しました.


13C 代謝フラックス解析方法の概要


ステップ1: 細胞は栄養源を取り込みながら生産物を排出し,増殖します.まず,細胞へ取り込まれたり,排出されたりする物質の情報を集め,細胞の内外の物質収支を確認します.

ステップ2: 代謝フラックスの分岐の割合は細胞内外の収支だけではわからないので,13C 同位体標識された栄養源を取り込ませ代謝物質への 13C 標識蓄積量のデータを集めます.最近では,さまざまな代謝物質の 13C 標識割合に基づいて代謝フラックスの分布を決定することが可能になっています.細胞から代謝物質を抽出し,その13C 標識濃縮度をガスクロマトグラフ質量分析計(GC-MS)など,分離装置と質量分析装置を用いて定量します.代謝物質の質量分析においては,13C 同位体を含む分子の標識割合が測定できます.

ステップ3: 得られた 13C 標識割合のデータをもっともよく説明する代謝フラックス量を計算機で決定します.この方法を中心炭素代謝全体で行うためには,各反応における反応物と生成物の原子の移動を表すモデルが必要です.代謝フラックスの決定においては,代謝フラックスを仮定し,そこから得られる各代謝分子の濃縮割合を計算して実測値と比較して仮定が正しかったかを検証します.実測と計算がずれている場合は代謝フラックスを仮定し直し,ずれが十分小さくなるまで計算を繰り返します.我々は,13C 代謝フラックス解析のためのオープンソフトウェア OpenMebiusを開発しています.

この方法によって,コリネ型細菌,大腸菌,シアノバクテリア,出芽酵母,枯草菌などの代謝の様態を実験的に解明してきました.また,これらの微生物を用いたグルタミン酸,メバロン酸,イソプロピルアルコール,S-アデノシルメチオニンなどの生産において,代謝解析とそれに基づく代謝改良政略立案に応用され,生産性の向上を実現することで,有効性が実証されています.



13C代謝フラックス解析によるメバロン酸生産大腸菌の評価

論文:13C-metabolic flux analysis for mevalonate producing Escherichia coli
Keisuke Wada, Yoshihiro Toya, Satomi Banno, Katsunori Yoshikawa, Fumio Matsuda, Hiroshi Shimizu.
Journal of Bioscience and Bioengineering, 123(2): 177-182 (2016)

メバロン酸は様々な用途に展開できる有用化合物です.このメバロン酸生合成経路を導入した大腸菌の代謝状態を調べることで,さらなる改良の戦略を練ることを考えました.図の上段はメバロン酸非生産大腸菌(コントロール株)のフラックス分布,下段は生産株のフラックス分布です.メバロン酸を生産するためには最終段階において 還元力のNADPHを必要とするため,細胞の中枢代謝でその消費,再生のバランスがどのようになっているかを知ることが重要です.13C 代謝フラックス解析を行うことで細胞内の代謝反応の大きさを定量化しているため NADPH の消費,再生がどのような状態にあるかも量的に把握できます.コントロール株と生産株の NADPH の消費と生成の代謝状態を解析すると NADPH がどの代謝反応でどのように使われたり再生したりしているのかが理解できるようになりました.生産菌では代謝経路における生成に比較して細胞合成やメバロン酸合成で利用する消費量の方が上回っており,バランスが取れていないことが分かりました.より効率的な NADPH の再生を可能とする代謝状態を取るように代謝改変を行うことがさらなる生産性の向上につながると考えられます.


メバロン酸生産大腸菌における13C代謝フラックス解析の結果と NADPH の生成と消費のバランスの概観